雲子春秋

「うんししゅんじゅう」です♡ 三国志とか好きです♡

2011-01-01から1年間の記事一覧

牧場しぼり北海道メロンミルク仕立て

三度の飯“が”アイスクリームであるくらいのアイス男子として名を馳せる雲子ですが、最近登場したとあるアイスがとってもおいしかったので記事にします。 タイトルでネタバレしてますが、そのアイスは「牧場しぼり北海道メロンミルク仕立て」です。 メロン味…

北中郎将(修正)

中郎将シリーズ。 『後漢書』列伝第五十四 盧植伝 中平元年,黄巾賊起,四府舉植,拜北中郎將 ,持節,以護烏桓中郎將宗員副,將北軍五校士,發天下諸郡兵征之。 『三国演義』とかのイメージだと黄巾の乱平定時の盧植は北中郎将として、黄巾鎮圧のトップの一…

今日ブログ更新できないです。

今日はカブトボーグ鑑賞会に行くので更新出来ません。 カブトボーグはキ●ガイじみてて面白いのでぜひ御覧ください ロイドさんがすごくウザいし、登場人物のほぼ全員が外道です。 ニコニコで有料配信中です。 ニコニコに金なんか払うわけねーだろJK! とか思…

劉備の中郎将

『三国志』巻七 張邈伝注引『英雄記』 布水陸東下、軍到下邳西四十里。備中郎將丹楊許耽夜遣司馬章誑來詣布、言「張益德與下邳相曹豹共爭、益德殺豹、城中大亂、不相信。丹楊兵有千人屯西白門城内、聞將軍來東、大小踊躍、如復更生。將軍兵向城西門、丹楊軍…

後漢と羌族、その1

西羌伝が面白かったので読んでみる。 最初の沿革はすっ飛ばして、後漢と羌族の関わりから読んでいく。 護羌校尉の設置 『後漢書』列伝巻七十七 西羌伝 滇良者,燒當之玄孫也。時王莽末,四夷内侵,及莽敗,衆羌遂還據〔西海〕為寇。更始、赤眉之際,羌遂放縱…

奴婢の乱

『後漢書』列伝七十一 李善伝 李善字次孫,南陽淯陽人,本同縣李元蒼頭也。建武中疫疾,元家相繼死沒,唯孤兒續始生數旬,而貲財千萬,諸奴婢私共計議,欲謀殺續,分其財產。 南陽に李元という人がおり、相当な富豪であった。 しかし建武中に疫病のため、李…

夕陽は沈む

『太平御覧』巻二百一 封建部四 誅貶 引『東観漢記』 夕陽侯邢崇孫之為賊所盗、亡印綬、國除。 夕陽侯というロマンティックな侯に封ぜられた邢崇。 孫の邢之の代になって、盗賊に侯の印綬を盗まれた。 そして侯国は取り上げられてしまったのであった。 印綬…

劉氏にあらざれば…。

『漢書』巻四十 王陵伝 陵曰:「高皇帝刑白馬而盟曰:『非劉氏而王者、天下共撃之。』今王呂氏、非約也。」 高祖以来の漢の掟、「劉氏にあらざるものが王となったら、天下ともにこれを撃て」 『太平御覧』巻二百 封建部三 功臣封 引『東観漢記』 申屠公志以…

華陽国志人物伝 王阜

王阜 ☆Data 字:成公 出身:蜀郡成都 時代:後漢(章帝頃) ☆Life Story 蜀郡太守第五倫によって孝廉に挙げられ、重泉令に任命された。 すると重泉の学校に鸞という神聖な鳥が十日あまりにわたって集まってくるという珍事が起きた。 益州太守*1に遷ると、神…

華陽国志人物伝 陳立

陳立 ☆Data 字:少遷 出身:蜀郡臨邛 時代:前漢(成帝頃) ☆Life Story 前漢の成帝期、牂柯郡で乱が起きた。*1大将軍の王鳳の推薦により牂柯太守となり、反乱は平定された。*2巴郡太守・天水太守を歴任し、天水では天下一の治績をあげ、天子から黄金四十斤…

木鹿王

『三国演義』の架空人物とされる木鹿大王。 『古今図書集成』雲南土司木邦考 木邦軍民宣慰司 木邦軍民宣慰使司、舊名孟都、一名孟邦。相傳、蜀漢時木鹿王苗裔。元至元二十六年、立木邦軍民總管府、領三甸。明内附、改木邦府、後改木邦軍民宣慰使司、徴差撥銀…

御史中丞と都督

『漢書』巻十九 百官公卿表 (御史)中丞…外督部刺史… 御史中丞。その役職の一つに“刺史を監督する”というものがある。 その職掌によるものなのか、御史中丞が“州を督して”賊を討伐する場面がしばしば出てくる。 その実例。 『後漢書』巻五 安帝紀 遣御史中…

華陽国志人物伝 楊終

楊終 ☆Data 字:子山 出身:蜀郡成都 時代:後漢(明帝〜章帝頃) ☆Life Story 十三歳で『雷賦』という優れた作品を作り、また屈原の『七諫』に精通していた。 明帝の時代に班固や賈逵*1と並んで校書郎となり、『太史公書』(史記)を整えたほか、『生民詩』…

杜の都。

現在雲子は仙台にきております。 新幹線ってほんとに速い。 最近火災で話題だったスーパーおおぞら。 釧路札幌間約300kmに四時間かかる。 東京仙台間も約300km、二時間ちょっとでいける。 スーパーおおぞらより、ずっとはやい!! はやく北海道新幹線を!ど…

華陽国志人物伝 王褒

王褒 ☆Data 字:子淵 出身:犍為郡資中*1 時代:前漢(宣帝頃) ☆Life Story 文章の才能によって、宣帝のもとに侍した。 はじめ、益州刺史王襄のために『楽職中和頌』を作った。 (刺史がすごい奴がいると上表したため*2)宣帝に徴用され、『聖主得賢臣頌』…

華陽国志人物伝 司馬相如

司馬相如 ☆Data 字:長卿 出身:蜀郡成都 時代:前漢(武帝頃) ☆Life Story 都に遊学した。文章を作るのに優れており、無署名で「子虚賦」を著した。 武帝はこれを読んで言った。 「私はこの人と同じ世の人でないことが悔やまれる」*1 楊得意という人が答え…

華陽国志人物伝 張寛

困った時の華陽国志。久々に華陽国志人物伝です。 張寛 ☆Data 字:叔文 出身:蜀郡成都 時代:前漢(景帝〜武帝頃) ☆Life Story 蜀郡は秦の後を承け、文徳を備えた人が少なかった*1。 そこで、蜀郡太守の文翁*2は張寛を都の博士のもとにやって学ばせた。張…

高翔の子?

『三国志』巻四十一 霍峻伝附霍弋伝注引『襄陽記』 四年三月、從帝宴于華林園、詔問蜀大臣子弟、後問先輩宜時敘用者、憲薦蜀郡常忌・杜軫・壽良・巴西陳壽・南郡高軌・南陽呂雅・許國・江夏費恭・琅邪諸葛京・汝南陳裕、即皆敘用、咸顯於世。 蜀滅亡後、羅憲…

刺史の変化

刺史、前漢武帝の時に置かれ、本来は郡県の監察・弾劾を担当し、治民行政を行うことはなかった。 後漢に入ると、次第に行政官化し、後漢末になると州牧として正式に地方行政を担当することとなったのはご存じの通りである。 そうなった背景として次のような…

中郎将諸葛亮

http://d.hatena.ne.jp/chincho/20110526/1306335988 にも書いたが、中郎将には持節的性格があり、自立性がたかかったという。 さて、劉備が江南を平定した後、諸葛亮を軍師中郎将とした。 張飛が征虜将軍、趙雲が牙門将軍など、将軍がいろいろ置かれる中に…

朕、皇帝になったよ☆

証拠の皇帝行璽。 以下画像大量につき注意。

役立たず

今日は時間がとれないので簡単更新。 『萬姓統譜』 無能 能,陽曲人。洪熙中任淳化縣丞。 無能、人名である。 名前負けせず役立たずだったのか。 名前負けして(?)役に立ったのか。 明代に県丞までのぼるってどのくらい有能だったのだろうか。 よくわから…

論文「曹魏軍制前史」

森本淳「曹魏軍制前史−曹操軍団拡大過程からみた一考察−」(中央大学『アジア史研究』22号、1998年3月) この論文を読まずして曹魏は語れまい。そう思うほどに私が影響を受けた論文。 劉焉シリーズもここからの着想が非常に大きい。 著者の森本淳氏の夭逝が大…

是氏

『三国志』に伝もあるのにあまり有名ではない人、是儀(しぎ)。 呉人気の高まりにより、知名度もあがり、そろそろ次の光栄三国志シリーズには登場するのではないかともっぱらの噂である。[要出典] 〜閑話休題〜 この「是」という名字、滅多に見かけない。…

劉焉の益州支配そのさん〜劉焉と賈龍最後の戦い〜

劉焉シリーズ最終回。 支配確立に向け着々と準備を進めてきた劉焉。 ついに豪族との全面対決に。 豪族殺害 州内の豪族、王咸・李権等十人余りを殺害する。 また、時期は不明だがこのような話がある。 前益州刺史郤倹が殺された時、彼に従っていた部下(従事…

劉焉の益州支配そのに

http://d.hatena.ne.jp/chincho/20110522/1306029755 の続き。 劉焉は益州掌握の準備を進めていく。 劉焉と非益州豪族層 ①東州兵 東州兵:飢饉や乱の影響で南陽・三輔地方から益州に入った流民で組織された兵 狩野直禎氏は、劉焉がかつて南陽太守であったこ…

劉焉の益州支配そのいち(ちょっと修正)

前置き サークルで使ったものの流用。 どうでもいいことだけれどそのときのタイトルは 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 劉 焉 と 賈 龍 〜最 後 の 戦 い〜 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 だった。前置きはこれくらいにしてはじめる。 牧設置 劉焉は中平五年(188)州…

燃える夷陵

『古今図書集成』荊州府建置沿革考 彝陵州 春秋楚國地,秦彝陵。周赧王三十年,秦白起伐楚,燒彝陵,即此。三十七年,秦白起伐楚,拔郢,燒彝陵。(後略) 彝陵=夷陵である。 戦国時代、周赧王三十年、秦の白起が楚を伐った時、彝陵は焼かれた。 七年後、再…

青羌(追記あり)

ツイートした話を流用。 『三国志』巻三十一 劉焉伝注引『英雄記』 劉焉起兵,不與天下討董卓,保州自守。犍為太守任岐自稱將軍,與從事陳超舉兵撃焉,焉撃破之。董卓使司徒趙謙將兵向州,説校尉賈龍,使引兵還撃焉,焉出青羌與戰,故能破殺。岐、龍等皆蜀郡…

小関索

『過庭録』 忠宣帥慶,為種詁誣訟,責守信陽。時漢上有巨賊曰羅塹,擁眾雄視一隅。忽直壓郡界,靳三十五裏,一郡皇怖失措,朝夕危陷。忠宣集郡寮,謀守禦計,皆懦怯無敢當者。有酒吏秦生請行。忠宣命攝巡尉,欲假之衆,秦曰:「無益也。」獨以數十騎,直對賊…