雲子春秋

「うんししゅんじゅう」です♡ 三国志とか好きです♡

姓氏

牛金の出自と子孫

『元和姓纂』巻五 牛 宋微氏之後、司寇牛父、子孫以王父字為氏。戦国時趙有牛翦、秦有牛缺。 【隴西】漢牛邯為護羌校尉、居隴西。又有牛崇、牛嘉。魏有牛金。 (中略) 【安定】状云牛金之後、逃難改牢氏、又改為遼氏。裔孫後周工部尚書、臨芤公遼允、復姓牛…

淳于氏改姓

昨日は更新できなかったが、覆水盆に返らないので仕方ない。 『旧唐書』巻十四 憲宗本紀 壬寅,改淳州為巒州,還淳縣為清溪縣,淳風縣為從化縣,姓淳于者改姓于。 唐の憲宗は名前が「純」であり、避諱のため同音の「淳」も改めさせた。 それによって、淳于氏…

凌氏

凌統の子孫について書かれてたのでメモ 『元和姓纂』巻五 「凌」 衛康叔支子為周凌人、子孫以官為姓。呉志有都督凌統。晋有凌嵩。 【餘杭】凌統世居餘杭、二子、烈、封。八代孫嵩、晋広陵太守。貞元都官員外凌準、杭州人、云其後也。 【管城】唐魏王文学凌敬…

段氏

『日知録』巻二十三、氏族相伝之訛 段氏。後漢書:「段熲其出鄭共叔段。」古人無以祖父名為氏者、凡若此類、皆不通之説。 按段氏当出自段干。史記:「老子之子名宗、宗為魏将、封於段干。」 魏世家有段干木・段干子、田完世家有段干明。 顧炎武さんが段氏の…

応氏のはじまり

我々応氏がいかにして代々二千石を輩出する名家となったか、そのはじまりを紹介しよう。 『後漢書』列伝第三十八、応奉伝 中興初,有應嫗者,生四子而寡。見神光照社,試探之,乃得黄金。自是諸子宦學,並有才名,至瑒七世通顯。 後漢の初め、応嫗(嫗は名前…

公子→公孫→?

姓と氏、現代ではあまり区別しないが、もともとは別のものであった。 日本ではどのように区別するかはさておいて、中国でのお話。 血族集団ごとに「姓」を共有していた。 姓の例としては、子、風、媯……などなどがある。 その後、集団が大きくなると、集団を…

段熲と段煨

昨日ツイートした話をリサイクル。環境と自分に優しい雲子である。 段熲と段煨って同姓だし、名前も微妙に似てて正直こんがらがるよね。 段熲は字を紀明、武威姑臧の人。 桓帝〜霊帝期に涼州の反乱鎮圧に活躍した。 同じく涼州で活躍し、字(あざな)に“明”…

益州の有力氏族(旧巴篇)

はじめに 『華陽国志』は県ごとにどのような一族が勢力をもっていたかを載せてくれてるよ! というわけで、表にしてみる。 今回は巴郡から分かれた巴郡・巴東郡・涪陵郡・巴西郡・宕渠郡だよ! あと漢中・蜀・南中があるから三回分の更新は稼げるぜ 有力豪族…

姚氏と媯氏

『新唐書』巻七十四下 宰相世系四下 姚姓 姚姓,虞舜生於姚墟,因以為姓。陳胡公裔孫敬仲仕齊為田氏,其後居魯,至田豐,王莽封為代睦侯,以奉舜後。子恢避莽亂,過江居呉郡,改姓為媯。五世孫敷,復改姓姚,居呉興武康。敷生信,呉選曹尚書。 姚姓は虞舜が…

蜀漢の黄氏

黄皓の出自の謎に一歩でも迫るために蜀漢にゆかりある黄氏を調べてみる。 巴西閬中の黄氏 『華陽国志』巻一 巴志 (巴西)閬中縣(略)大姓有三狐、五馬,蒲、趙、任、黄、嚴也。 巴西閬中の大族に黄氏がいる。 『三国志』巻四十三 黄権伝 黄權字公衡,巴西…

呉郡朱氏

『呉地記』匠門条 東南二裏有漢吳郡太守朱梁墳,本名趙,避後漢和帝諱,改為梁,今吳郡朱氏皆梁之後。 唐の陸広微の『呉地記』によると、呉郡朱氏は皆後漢和帝頃の呉郡太守朱梁*1の子孫だという。 前漢ですでに会稽郡呉*2の朱買臣とかいるけど彼との関係はど…

碑文に見る唐氏の一族

『隷釈』巻五 漢成陽令唐扶頌 君父孝廉郎中早卒、季父蜀郡、蜀郡従弟会稽、会稽従弟南陽、君従兄東莱太守、南陽弟司空公。 霊帝光和六年(183)に建てられた唐扶という人の碑文にその親族関係がでていた。 後漢の唐氏といえば、中常侍唐衡、その弟の司空唐珍…

役立たず

今日は時間がとれないので簡単更新。 『萬姓統譜』 無能 能,陽曲人。洪熙中任淳化縣丞。 無能、人名である。 名前負けせず役立たずだったのか。 名前負けして(?)役に立ったのか。 明代に県丞までのぼるってどのくらい有能だったのだろうか。 よくわから…

是氏

『三国志』に伝もあるのにあまり有名ではない人、是儀(しぎ)。 呉人気の高まりにより、知名度もあがり、そろそろ次の光栄三国志シリーズには登場するのではないかともっぱらの噂である。[要出典] 〜閑話休題〜 この「是」という名字、滅多に見かけない。…

King×King

『漢書』巻九十九 王莽伝 (王)莽妻宜春侯王氏女,立為皇后。 王莽の妻は宜春侯王氏(王咸)の娘であった。 つまり、王莽の妻も王さんだったのである。 中国は古代から同“姓”婚が禁じられているはずだ。 この婚姻に問題はなかったのだろうか。 さて、ここで…

爨氏

『三国志』には建寧の豪族の爨習*1という人がいる。 領軍まで昇った。「なにがむむむだ」*2の縁者でもある。 さらに、のちに彼の子孫は「爨」という民族となった。 さて、この爨氏に関して『爨龍顏碑』という碑文がある。 『爨龍顏碑』 其先世則少昊顓頊之玄…

巴把杷 

前に取り上げた抱氏の由来。 『古今図書集成』の引く『通志』にこれと似たような話がある。 『通志』杷姓 杷氏,杷闢牙切字,亦作爬,本巴氏,東樓公之後,後漢靈帝時巴康避董卓難,改為杷氏。 巴康という人がおり、董卓を恐れて、姓を杷に改めたという。 さ…

杞憂な血筋

『魏書』巻九十四 抱嶷伝 抱嶷,字道徳,安定石唐人,居於直谷。自言其先姓杞 ,漢靈帝時杞匡為安定太守,董卓時,懼誅,由是易氏,即家焉。 北魏の宦官、抱嶷。 彼の先祖はもとは杞氏であった。 杞匡という人が董卓に誅殺されることをおそれ、姓を抱に改め…

鼻祖胡質

朱熹の『胡氏族譜序』 自《宗子法》廢,而族無統,唐人重世族,故譜牒家有之。唐以後不能然,苟非世之,富貴多文儒族氏派系。 往往湮淪而莫考矣。胡氏之先自周武王封舜後,胡公滿於陳子孫以諡為姓,歴漢文恭廣公以迄晉,關內侯質公為立譜之鼻祖。相傳二十五…

丹陽の史氏

『古今図書集成』*1に引く『江南通志』 史嵩 按《江南通志》:嵩,崇裔孫。仕呉為平越中郎將、蒼梧鬱林太守,封撫陵侯。 史嵩:史崇(後述)の裔孫。呉に仕えて平越中郎将、蒼梧太守、鬱林太守となった。 撫陵侯に封じられた。 雲子注:平越中郎将は『宋書』…

広漢の鐔氏(追記有り)

鐔氏というマイナーな一族がいる。 鐔承、字公文、蜀漢の太常。 『三国志』巻四十二 孟光伝 太常廣漢鐔承…… 注:華陽國志曰:承字公文,歴郡守少府。 鐔粲、張翼のひいひいじいさんのオトモダチ。 『三国志』巻 張翼伝注引『益部耆旧伝』 (張)浩字叔明,治…

長沙の区氏

今日の華陽国志人物伝は休止です。 長沙の区氏と聞くと、孫堅に討伐された区星(「クセイ」じゃないよ「オウセイ」だよ)が想起されることでしょう。 『三国志』巻四十六孫堅伝 時長沙賊區星自稱將軍,衆萬餘人,攻圍城邑,乃以堅為長沙太守。到郡親率將士,…

珍姓「将匠」

古今図書集成で遊んでたら、こんな人たちがいた。 將匠彧 按《鄭樵・通志》:呉中散大夫將匠彧。 將匠熙 按《鄭樵・通志》:曲陽令將匠熙。 將匠進 按《鄭樵・通志》:晉御史大夫將匠進。 将匠紣さんは呉の中散大夫、将匠熙さんは呉の曲陽令、将匠進さんは晋…

魯氏のこと

とある魯粛好きの方が魯粛と春秋の魯との関係を調査されていて、私も気になったので調べてみた。 『元和姓纂』巻六魯姓 周公子伯禽封魯、至頃公三十四代、九百餘年、為楚所滅、子孫以國為氏。 漢魯賜、碭人也。後漢中牟令魯恭。魏有魯芝。 魯氏は一応春秋魯…

とある歴史の名門氏族

古今図書集成には謎の書物からの引用が数多くある。 今日はその中の一つ『汪溪族譜』を紹介しよう。 この書物の詳細は不明。情報求ム。 『汪溪族譜』はある一族の系譜が書かれており、古今図書集成に引用されているのもその箇所だ。 その一族とは漢代の名門…

韓氏の系譜

前回潁川の韓氏が韓王の子孫だったりしてという趣旨の記事を書きました。 T_Sさんからのコメントで、後漢の韓棱が韓王の子孫とされていると伺いました。 恥ずかしながら韓棱という人物を一ミリも知らなかったのですが、いろいろと調べてみました。

第五姓

第五という姓が中国にある。*1 後漢書を読んだ人なら第五倫や第五種、第五訪などを知っているかもしれない。 三国志を読んだ人なら三休の一人である第五文休*2をご存知かもしれない。 面白い姓だと思ったので由来を少し調べてみた。 *1:少なくとも昔はあった…