雲子春秋

「うんししゅんじゅう」です♡ 三国志とか好きです♡

官職

官僚の給与カット?

『続漢書』志第二十八、百官志五、百官奉 百官受奉例:大將軍、三公奉,月三百五十斛。中二千石奉,月百八十斛。二千石奉,月百二十斛。比二千石奉,月百斛。千石奉,月八十斛。六百石奉,月七十斛。比六百石奉,月五十斛。四百石奉,月四十五斛。比四百石奉…

クイズの反響

いやあ三国志クイズの反響はすごかったです、アクセスが増えました!! チャレンジしてくれたみなさんありがとう御座いました! http://d.hatena.ne.jp/chincho/20121104/1352037805 まだまだ挑戦受付中! インコさんのとこでもクイズやってますのでぜひ! h…

博士議郎メモ

『通典』職官典、巻七、諸卿上 (太常卿)丞:秦置一人,漢多以博士、議郎為之。 (略) (光禄卿)丞:漢二人,多以博士、議郎為之。後漢一人。 (略) (衛尉卿)丞:秦漢多以博士、議郎為之。後漢一人。 部署の副官のことを中国では丞といったが、漢代、…

連敖

ブログ更新を怠っていたら更新のしかたを忘れた。 ぜんぜんネタが思いつかない。すらんぷやー!というわけで適当な更新 連敖という官があり、前漢創立の功臣である韓信が楚から漢に帰順した際、任じられた。 この官は徐広によると、典客と同じような役職であ…

蜀漢太守表番外1、宜都郡

宜都は実質蜀漢でないようなものなので番外。 人物 期間 前職 後職 兼官 張飛 既定江南(209頃)― 中郎将 南郡太守 征虜将軍 孟達 蜀平後(214)― 不明 魏散騎常侍 樊友 ―建安二十四年(219)十一月 不明 不明 廖化 先主東征(221)―先主薨(223) 関羽主簿 …

蜀漢太守表3、巴西郡

人物 期間 前職 後職 兼官 張飛 建安十九年―章武元年 南郡太守 車騎将軍領司隷校尉 征虜将軍→右将軍 向朗 蜀平定後―すぐ転任 督四県軍民事*1 牂牁太守 閻芝 夷陵の戦い頃 不明 不明 李福 建興元年*2 成都令 尚書僕射 江州督、楊威将軍 呂乂 緜竹令 漢中太守 …

なれる!SR(尚書郎)2

昨日は尚書郎のなり方だったけど、今日は労働環境について説明するぞ! 全部蔡質『漢官典職儀式選用』からの情報。原文引用はちょっとめんどいのでしないよー。 原文知りたい部分があったら教えてね!すぐソース出す。 1.勤務地 勤務地は明光殿*1。 職場の…

なれる!SR(尚書郎)

蔡質『漢儀』(『漢官典職儀式選用』)には尚書郎の選用方法、昇進過程が載っている。 『続漢書』百官志第二十六 少府 注引『漢儀』 尚書郎初從三署詣臺試,初上臺稱守尚書郎,中歲滿稱尚書郎,三年稱侍郎。(凡三十四人、選吏能者為之。*1)客曹郎主治羌胡…

蜀漢太守表2、巴東郡

郡治:永安*1 属県:魚復、朐忍、漢豊、羊渠、巫、北井 興平二年(195)〜建安六年(201)まで固陵郡 先主が益州に入ると(215年頃か?)、江関都尉とした。 建安二十一年(216)、固陵郡*2 人物 期間 前職 後職 兼官 廖立*3 建安二十一年―二十四年 長沙太守…

蜀漢太守表1、巴郡

郡治:江州 属県:枳・臨江・平都・墊江・楽城・常安 興平二年(195)〜建安六年(201)まで永寧郡 人物 期間 前職 後職 兼官 費観 建安十九年 裨将軍 江州都督→加振威將軍 張裔 成都開城(建安十九年)後 州署從事領帳下司馬(劉璋) 司金中郎将 廖立 建安…

蜀漢の刺史

劉備は除く。 刺史部 人物 時期 兼職 益州刺史 諸葛亮 建興元年(223) 丞相 益州刺史 蔣琬 建興十二年(234) 尚書令行都護仮節 益州刺史 費禕 延熙七年(244) 大将軍録尚書事 涼州刺史 魏延 建興五年(227) 督前部領丞相司馬 涼州刺史 姜維 延熙六年(24…

守太守

漢代、郡県の功曹以下は郡太守、県令が選ぶ。 一方で、県の令・長・丞・尉、郡の太守・丞といった高官は朝廷による任命で、郎官*1を経た者しかなれなかったといわれる。 しかし、濱口重國氏は漢碑のなかにみえる守○○令などの記述を研究し、本来朝廷による任…

蜀漢における孝廉

孝廉は漢の人材登用制度である。 郡太守が郡の規模に応じ、各郡から毎年若干名を推薦するシステムである。 漢では孝廉に挙げられた者は基本的にその後、郎中→県令……というように昇進していった。 このあたりのことは福井重雅『漢代官吏登用制度の研究』(創…

後漢末群雄の別駕と治中を表にしてみるよ!

適当に後漢書と三国志から州吏の筆頭である別駕と治中をもってきた。 割と自分用。 間違いがいろいろあると思う。 抜けもあるかもしれない。 何か気づいたらおしえてください。 群雄じゃない劉馥と温恢はオマケ。 何が言いたいかっていうと呂布の別駕の薛蘭…

英訳官職

Wikipediaの英語版で三国志の登場人物を見ていた。 そこには“Appointments and titles held”というセクションがあり、官職の英訳が書かれていた。 というわけでクイズ! この官職なーんだ☆ 答えは注に付すんで各項目後ろの小さい数字にマウスオーバーしてね…

曹操政権における丞相(司空)長史

三国志研究会会誌『鶏肋譚』に載せたものをほぼそのままあげてみる。 長史という官職がある。実は大変重要な官職であるのだが、いまいち知名度が低い。 長史は現代日本でいうところの省庁事務次官クラス。大臣を除いた省庁のトップである。さらにいえば丞相…

青州族

臧覇は都督青州諸軍事だった。 息子の臧艾の官は青州刺史に至った。 臧覇の盟友、孫観は青州刺史に至った その子、孫毓もまた青州刺史になったという。 魏は果たして青州をしっかり支配してたんだろうか。

虎奔と虎賁

『続漢書』志二十五巻 光禄勲注(追記しました、本文でなくて注です。goushuさんありがとうございます) 又虎賁舊作「虎奔」,言如虎之奔也,王莽以古有勇士孟賁,故名焉。孔安國曰「若虎賁獸」,言其甚猛。 虎賁中郎将とかで有名な虎賁、もとは「虎奔」とい…

使持節護匈奴中郎将

渡英前のラスト更新。そして既に誰か言ってるかあるいは見当違いな話。 『魏書』巻十六、杜畿伝附杜恕伝 復出為幽州刺史,加建威將軍, 使持節,護烏丸校尉。 『魏書』巻二十二、陳羣伝附陳泰伝 正始中,徙游撃將軍,為并州刺史,加振威將軍,使持節,護匈奴…

刺史の軍事

後漢安帝期以降、有事に際して刺史が軍事行動をとることがしばしば見られるようになる。 『後漢書』紀五、安帝紀 遣御史中丞王宗督青州刺史法雄討破之。 『後漢書』紀八、霊帝紀 巴郡板楯蠻叛,遣御史中丞蕭瑗督益州刺史討之,不剋。 上の二つの例では御史中…

刺史の人事権に関する根拠への疑義(追記あり)

私は刺史が後漢を通して行政権を拡大していったということには賛成している。 刺史の権限に関して、刺史が太守県令の任命権を得ていたとする厳耕望*1の論がある。 次の文は県令任命権の根拠とされるものである。 『後漢書』列伝二十一、賈琮伝 琮即移書告示…

後漢末における州刺史と州牧(概略)

朱涵・柏天航「汉末刺史州牧嬗代再探讨」(『大众商务』2010年10期 2010/05) 石井仁「漢末州牧考」(『秋大史学』38、1992/03) を読んで、twitterでも書いたけど刺史と牧の違いがなんとなくわかった。 論文風にまじめに書いたら長くなりすぎて見にくくなっ…

御史中丞と都督

『漢書』巻十九 百官公卿表 (御史)中丞…外督部刺史… 御史中丞。その役職の一つに“刺史を監督する”というものがある。 その職掌によるものなのか、御史中丞が“州を督して”賊を討伐する場面がしばしば出てくる。 その実例。 『後漢書』巻五 安帝紀 遣御史中…

偏将軍

お久しぶりです。更新停滞気味ですみません。 秦漢時代の印綬の印影が大量に収録されている「秦漢印典」(上海書画出版社)を眺めていると、 “宗正偏将軍章”という印影があった。 宗正府の官属に偏将軍があったのだろうか。 それとも、宗正兼偏将軍という意…

魏の中央軍

昨日に引き続き何茲全「魏晋的中軍」(『中央研究院歴史語言研究所集刊』17)のまとめ。 今回は魏の中央軍。

漢の中央軍

何茲全「魏晋的中軍」(『中央研究院歴史語言研究所集刊』17)を読んだので何回かに分けて要約(自分用メモを兼ねているので読みにくいと思います)。 論文のタイトルには“魏晋”とあるが、両漢の中央軍についても触れており、今回は漢の中央軍についてまとめ…

尚書と上奏と権力と

やっと生活が落ち着いたので今日から更新再開。 来週って言ってたけど結局再来週になってしまったっ。 東北は楽しかったです。 松島にあった某歴史館がBASARA化してたのが印象に残りました。 まさかプロデューサーのサインが展示されているとは・・・。 本題。…

前漢の丞相長史2

だいぶ間が開きましたが丞相長史のはなしその2。 前回は丞相長史の職掌、賊討伐を取り上げましたが丞相長史の職掌はそれだけではないようです。

前漢の丞相長史1

丞相長史のはなし。1とあるけど続くか不明。一応続く予定。

変わらぬ体質

『三国志』魏書卷九「夏侯尚伝」註 魏略曰:玄既遷,司馬景王代為護軍.護軍總統諸將,任主武官選舉,前後當此官者,不能止貨賂.故蔣濟為護軍時,有謠言「欲求牙門,當得千匹;百人督,五百匹」.宣王與濟善,輭以問濟,濟無以解之,因戲曰:「洛中市買,一…