雲子春秋

「うんししゅんじゅう」です♡ 三国志とか好きです♡

袁術の読み方は「えんすい」?

どうもご無沙汰していました、雲子です。

ブログ移転してからはじめての三国志ですね。

 

さて、皆さんは「袁術」をなんと読んでいますか。

呼び方なら「ハチミツ」とか「陛下」とか様々な罵詈雑言がありますが、読み方であれば多くの人は「エンジュツ」と読んでいることでしょう。

 

 しかし、「エンスイ」という読み方をするという説もあるそうです。

今日はそれについて少し調べてみました。

 

「エンスイ」という読み方は『三国志集解』*1に載っています。

三国志集解』巻六 袁術

胡三省曰「術字公路、當讀如『月令』審端徑術之術、音遂。」*2

どうやら袁術を「エンスイ」と読むのは『資治通鑑』の注釈者、胡三省が言っていることのようです。

それでは、引用元の『資治通鑑(胡三省音注)』を見てみましょう。

資治通鑑』巻五十六 霊帝建寧二年の条

初、太尉袁湯三子、成・逢・隗、成生紹、逢生術。

(胡三省注)據術字公路、當讀如『月令』審端徑術之術、音遂。又據『説文』「術、邑中道、讀從入聲。」則二音皆通。*3

胡三省は次のように言っています。

袁術の字が公路であることから、きっと『礼記』月令にある「審かに径術を端す」の「術」、音は遂(スイ)として読むのだろう。*4

また、『説文解字』の「術は邑(むら)の中の道、入声*5で読む。」を拠り所とすれば、二音はどちらも通じている。 

 この胡三省の論はどういうことなのかというと、まず前半部ですが、当時、名前と字(あざな)には何らかの対応関係があるため、袁術の場合、字が公路なので、「術」は「路」と対応関係になる「径術」の「術」だと言っているのだと思われます。

この「径術」は馴染みのない熟語ですが、漢文大系『礼記』巻六「月令」*6の注釈によると「田間の溝(術即ち遂)と人の歩む道(径)」のことだそうで、径は道≒路なので、術と対応するようです。

そして、この「径術」の「術」は「遂(スイ)」と通じ*7、「スイ」と読みます。

 

続いて後半部は『説文解字』を引用し、術は入声で読み、術と遂の二音は通じていると言っているような気がします。←追記)誤解釈。下の追記覧を参照ください。

ただ、正直に申し上げると私の実力不足でこの後半部の解釈がよくわかっていません。

というのも、「術」を「スイ」と読むのは入声ではなく去声という別の声調のときで、「遂」も去声なのです。

さらに、「術」を入声で読んだときの日本語的発音は「シュツ」とか「ジュチ」(「ジュツ」は大漢和辞典によると慣用音)なので、入声で読むなら、遂と音は通じないし、「スイ」とは読まず「エンジュツ」でいいのでは、となってしまいます。

 

そもそも『説文解字』を見ると、胡三省の引用とは微妙に異なっています。

 『説文解字注』第四巻 第二篇下

術、邑中道也。从行朮聲。

注)食聿切、十五部

 胡三省の引用では「入声に従りて読む」となっていた部分が、『説文解字』の原文では「行に从(従)い、朮を声とす(行部に属し朮が音をあらわす)」となっています。

まあ「朮」も入声なので同じことを表しているといえばそうなのですが。

 

後半部の解釈は詳しい人がきっと補足してくれると信じて、とりあえず今日わかったことは、「袁術」を「エンスイ」と読むのは名前と字(あざな)の対応を根拠に胡三省が考えたものということです。

つまり、あくまでも胡三省の論であって、おそらく今までそれを考証している人もおらず、明確な根拠があるものではないため、袁術を「エンスイ」と読むのが正しいというわけでもないように思われます。

「エンジュツ」派と「エンスイ」派で戦争が繰り広げられることを避けるため、「陛下」とか「ハチミツ」とか呼ぶようにするのが最も平和的といえることでしょう。(適当)

 

 *1/26 追記

私が左慈を投げた後半部について、詳しい方が教えてくれました。

胡三省は「スイ」、「ジュツ」の両論併記をしているということのようです。

つまり、「エンスイ」、「エンジュツ」どちらが正しいという結論は胡三省の中でも出ていないものと思われます。

なお、平凡社の世界大百科事典第2版では「えんじゅつ」と読むのは誤りとしてしまっているようだ。

胡三省の言葉をしっかりと読むと、誤りとまでは言っていないので、平凡社さん、世界大百科事典第3版では「エンスイ」、「エンジュツ」を両論併記して♡

 

 

*1:中華民国考証学者盧弼による『三国志』の注釈書、「さんごくししっかい」と読む

*2:胡三省曰く「術の字は公路、當に『月令』の「審かに径術を端す」の術のごとく讀むべし。音は遂。」

*3:術の字の公路たるに據れば、當に『月令』の「審かに径術を端す」の術のごとく讀むべし。音は遂。又た『説文』の「術は邑中の道、入声に従りて読む」に拠れば則ち二音皆な通ず。

*4:「当」を当然の意で読むべきか、推定の意で読むべきかはわからないけど、今回は推定の意で読んでいます

*5:古代中国語の声調の一つ

*6:服部宇之吉校訂『礼記』(合資会社冨山房「漢文大系十七」、大正二)

*7:『周礼』では「審端径」と表記されている。