魏の韋誕は書に巧みで、魏の宝器の銘はすべて彼が書いたといわれる。
『世説新語』にはつぎのようなエピソードが載っている。
『世説新語』巧蓺第二十一
韋仲將能書.魏明帝起殿,欲安榜,使仲將登梯題之.既下,頭鬢皓然,因敕兒孫:「勿復學書.」
明帝が宮殿を建てた際に、韋誕をハシゴに登らせ扁額を書かせたという。
降りてきた韋誕は恐ろしさから、髪の毛が真っ白になってしまい、子供や孫に「書道なんてもう学んではいけない」と言ったそうだ。
ところが、『法書要録』という書道の本によれば、韋誕の子の韋熊もまた書に巧みであったらしい。
『法書要録』
韋熊,韋誕子,善書。
韋誕の言葉は無視されてしまったのだ。