雲子春秋

「うんししゅんじゅう」です♡ 三国志とか好きです♡

姜維と閻圃の子孫

『太平広記』画二 所引『大唐新語』
閻立本為右丞相,姜恪以邊將立功為左相。又以年飢,放國子學生歸,又限令史通一經。時人為之語曰。左相宣威沙漠,右相馳譽丹青。三舘學生放散。五臺令史明經。

新唐書』巻一百 閻立徳、立本伝
既輔政,但以應務俗材,無宰相器。時姜恪以戰功擢左相,故時人有 「左相宣威沙漠,右相馳譽丹青」之嘲。

初唐の頃の話。宰相である右相と左相にそれぞれ閻立本と姜恪が就任した。
閻立本は画家として有名であるが、宰相の器にはなかった一方、姜恪は辺境の軍事で功を立てていたことから、人々は『千字文』の「宣威沙漠、馳誉丹青(威名を辺境の沙漠に宣揚し、絵画に描かれ名誉を馳せる)」をパロって、「左相宣威沙漠、右相馳譽丹青(左相姜恪が威名を辺境の砂漠に宣揚し、右相の閻立本がその名誉を絵に描く)」*1と嘲られたという。


さて、その閻立本、『新唐書』宰相世系表によると、張魯の功曹、閻圃の子孫であり、また姜恪は姜維の子孫であるという。
世系表の信憑性についてはとりあえず措くとして、三国志で活躍した人物の子孫が、同時に宰相になっているとは面白い。

*1:解釈間違ってるかも