王図の著書
曹操を魏公に推薦する上表の中に領護軍将軍の王図という人がいる。
以前取り上げたが、魏(=漢末?)の漢中太守にも王図という人がいた。
http://d.hatena.ne.jp/chincho/20091214/1260729152
同一人物かはとりあえず置いとく。
曹操が冀州を平定した後に薛悌とともに左右の長史になった東平の王国と同一人物かもしれない。
国(國)と図(圖)の字体が近いし、共に長史となった薛悌の経歴*1が王図と似ている。
さて、本題である。禁書目録に入ってることでも有名な道教の書物、東晋の葛洪の『抱朴子』にこのような話がある。
『抱朴子』内篇、巻四、金丹
無一人不有道機經,唯以此為至秘,乃云是尹喜所撰。余告之曰,此是魏世軍督王圖所撰耳,非古人也。圖了不知大藥,正欲以行氣入室求仙,作此道機,謂道畢於此,此復是誤人之甚者也。*2
『道機経』という書物があった。*3
ある人がそれを、老子に教えを請い『関尹子』を著した古代の尹喜の著作で、秘術に至る唯一のものだ、とほざいていた。
それにたいして葛洪は、「その『道機経』は魏の時代の軍督の王図の著作で古代の尹喜のじゃないぞ」と大松ばりの発言をしたという。さらに続けて、「王圖は最後まで大薬(金丹:不老不死の薬)というものを知らず、気をめぐらすことで仙人になろうとし、道機経をつくった。そして道というものがこれで終わると言った。これは人を誤らせること甚だしい。」とdisっている。
督は複数の将軍を監督指揮することで、護軍将軍の役割と合致する。
軍督の王図とはおそらく護軍将軍の王図と同一人物であろう。*4
『道機経』とかいう秘術に至るとまでいわしめ、古代人の著作と間違われるほどのものを著した王図、ますます面白い人物である。なお、葛洪にはdisられている模様。
三国志シミュレーションで王図を作る際は、幻術とかつけよう(提案)